父親がなぜ名人と呼ばれていたのか?わかった時があったんです。それはある時(なぶら)を太平洋のど真ん中で発見すると、どこで聞きつけたか他の船が沢山来るのです。それはまさに騎馬戦・棒倒し・運動会です、30艇の船が我先に鍔迫り合いカツオは回遊魚だから止まらないので群れの先頭に船を持って行く場所の取り合いです。そんな時、父親は落ち着いて僕に言い聞かせるのです。「あいつら良く見ておけ、あんなことやってナブラの上を船で横切ると群れは底に沈む」案の定、そのナブラは一度海底にもぐってしまうのです。父親は船の一番高いところからナブラを見るのです。すると何匹ものカツオの魚影が見えるんです。そして父親は続けます「あの群れのリーダーを取っちまえ!」僕は耳を疑いました。カツオにリーダーいるの?そして続けます。「なんでも、そうだけど頭を取らなければダメだ。頭さえ取ってしまえば、それについてくるカツオは統制が乱れ、新しいリーダーを探す。見ていろよ!」と言って群れのまたがずに群れの先頭に着け仕掛けを落とします。そのうち「食ったあー!」の一声。「博久!これがボスだ!」・「えっ!えっ!どれがボス?」僕にはどのカツオも同じに見えます。そうなのです。父親はどれがカツオのリーダーなのか解るらしいのです。名人と言われる所以はそこにあったのです。父親はカツオのことを誰よりも研究調査し、一番に考えたのは習性とカツオの気持ちになる事だ!と言っていました。それには風と潮の流れを熟知する事らしいのだけれど、そういえば以前、丸山理事長の講話でもミウラのボイラーの話がありました。
三浦さんはボイラーの研究に明け暮れて挫けそうになった時、ボイラーならこの時どうするのか?とボイラーの気持ちになって物事を考えてみた。と言っていました。「おいらはボイラー!ミウラのボイラー!」なんて宣伝を思い出させる愉快な講話でした。その物・その人・の立場また気持ちになって物事を考えるという事は、物事を成功させる、成就させる、第一歩なのだということを父親の後姿と、理事長の講話から学びました。それでリーダーを失ったカツオの群れはどうなったかというと、カツオは父親の船がリーダーと思い、群れが船の後をべったり着いてくるのです。それこそそうなってしまえば本当の入れ食いです。そして驚くことに、その群れは他の船の仕掛けには見向きもしないのです。カツオ独占、競争をしなくても黙ってカツオは着いてくる。父親には恐れ入りました。父親の漁師での天才ぶりの一部なのですが、他にもいっぱいあり、キリがないのでこのへんにします。
次回へ続く・・・