反始慎終①
枝葉のことには気をつけるが、何事につけても本を忘れがちである。初めは注意深くしっかりするが、終りは、どうにでもなれ、やぶれかぶれだ。これは世間にありがちなことである。スタートを切るそのとたんと、ゴールに入るその一しゅん、それで一切がきまる。ただそれだけではない。
世の中のことは、過ぎたらもうそれでよいというものではない。苦しんで入学試験をうけて、登校が許された喜びの日々を忘れ、勉強しようとして学問に志したことを忘れるから、怠ける、あやまちが起こる。
開店の日のいきごみと、友人のよせられた厚意を忘れるから、少しの困難にも、気をくじかせる。終始一貫ということは、成功の秘訣であるが、これが出来ないのは、皆本を忘れるからである。
世に「恩を忘るな」ということがやかましく言われるのは、本を忘れるなという意味である。食物も、衣服も、一本のマッチも、わが力でできたのではない。大衆の重畳堆積幾百千乗の恩の中に生きているのが私である。このことを思うと、世のために尽くさずにはおられぬ、人のために働かずにはおられない。